山陰の地元紙「山陰中央新報」の日曜1面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さん、片山善博さんなど、8名の著名人で順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。
第5回2022年6月掲載のコラムを、以下に転記します♪(第4回はこちら)
そして第6回目は2022年9月4日(日)に掲載されますので、「山陰中央新報」購読者の皆さん、ぜひ紙面をチェックしてくださいね。
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2022年6月掲載
<羅針盤> 失敗を糧に 身体で感じ挑戦を恐れず
タルマーリー・オーナーシェフ 渡邉格
高校2年生になった娘が最近、ストレスを感じている様子だ。学校の授業では大学受験のプレッシャーが強くなっているそう。日本はこんなに少子化が進んでいるというのに、私が若い頃よりももっと強いストレスが子どもたちにかかっているようだ。
日本の受験勉強では、いかに早く正確に問題を解けるかが問われる。一方で、私のような職人が野生の菌でパンやビールを発酵させる仕事では、時間をかけて、いかに失敗を糧にできるかという能力が問われる。
伊藤亜紗氏の著書「手の倫理」(講談社)によると、人間の五感のうち、「目」「耳」は対象物と距離があっても働く一方で、「手」「鼻」「舌」は距離が近くないと働かないのだという。
なるほど、学校での勉強は主に「目」で見て「耳」で聴くことだけで成り立っている。しかし料理などのモノ作りにおいては、「手」を動かし、「鼻」で香りを、「舌」で味を確かめる必要がある。
タルマーリーで働く若者と一緒に仕事をしてみると、
「この子は受験勉強だけを頑張ってきたんだろうな」とか、「この子はきっと小さい頃からお手伝いをして手を動かしてきたんだな」とかいうことが、分かってくる。そして、受験勉強だけをしてきた子たちが、あらゆることを人ごとに捉えている様子が気になる。
物事を客観的に捉えることも大事だが、身体で感じる主観を捨て去ってはいけない。そして「脳は嘘をつく」ということを、忘れてはならない。「目」と「耳」ばかりに頼ってすべてを人ごとにしていると、失敗の悔しさといった負の感情を恐れて、チャレンジができなくなってしまう。自分が行動できない言い訳を脳内で探すようになり、責任感も持たず、感情移入もしない。結局、何も自分事にできずに心が満たされないから、他人からの評価や承認ばかりを求めるようになってしまう。
一方で「手」「鼻」「舌」といった近い距離で発動する感覚を繰り返し使うと、身体は嘘を嫌うようになる。数々の失敗を繰り返すうちに、負の経験も自分の糧になることを知るから、行動に迷いはなくなる。行動し、失敗して自分の感情を揺さぶる生き方をすると、自然に自己肯定感が高まっていく。
ところで人々が失敗を極度に恐れるようになったのは、「自己責任」という言葉が流行った2004年からではないか。あの頃「自己責任」を声高に唱え始めたのは、首相周辺の政治トップたちだった。
参院選が近い。失敗してもいつでもやり直せるような優しい政治体制を選び取りたいと、切に願う。
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