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執筆者の写真Mariko Watanabe

山陰中央新報コラム「羅針盤」第10回


こんにちは、女将の麻里子です。


さて、地元紙「山陰中央新報」の日曜1面のコラム「羅針盤」の執筆を、タルマーリー渡邉格が担当しております!藤原辰史さん、内山節さんら著名人が順番に執筆、2カ月に1回くらい登場します。

前回のブログでもお伝えしましたが、渡邉格が糖尿病で入院するまで数ヶ月バタバタしており、5月、7月分の記事を公開をしていませんでした…。

まずは5月分を公開します~。ぜひ読んでみてくださいませ。


※次回、紙面では10月29日掲載予定です。

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2023年5月掲載

羅針盤 残すべき先人の知恵

タルマーリー・オーナーシェフ 渡邉 格

 

 4月初め、東京大でのトークイベントにゲスト参加した。「パン作りを通して自然と人間の関係を転換する」というテーマで学者さんたちと話す企画。現場とビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」で100人以上が視聴する中、私はとても変な格好をしていた。赤い花柄のヒモを顔の輪郭に沿って巻き、顎の下で結んでいたのだ。


 先生方がいぶかしがり、学生たちが苦笑する中で私は「ちょっと今日は歯が痛くて…。でもこのヒモを顔にまくと、痛くなくなるんですよ」と説明した。私は発酵職人でトークが専門ではないのだから諦めればいいのだが、話す仕事の前にはどうしても緊張してしまう。無意識に歯を食いしばってしまうようで、今回は特に約1カ月前から激しい歯痛に悩まされた。


 若い頃から虫歯が多く、歯医者に通った。パン職人になってから歯を食いしばる場面が増えてトラブルは絶えなかった。そんなときに知人から「愛媛に面白い歯科があるよ」と教えてもらった。麻酔もエックス線も使わず、少し削ってかみ合わせを調整するという治療法で、早速受診してみると、ずっと悩んでいた問題が改善した。この10年で2回ほど受診しただけで、再発することはなかった。


 しかし、昨年の顔面骨折の際にかみ合わせが悪くなっていたようだ。放置していたら虫歯が悪化してしまった。3月半ばにとうとう耐えられなくなり、7年ぶりに愛媛の歯科へ向かった。


 丁寧にかみ合わせを調整してもらったのだが、さすがにすぐに治るわけがない。激痛を抱えたまま東大の仕事が明日に迫った。偶然にもその日、常連の医師がパンを買いにきてくださったので相談したところ、「『ヒモトレ』をやってみたらどうですか? ちょうど100円ショップで買ったヒモがあるので使ってください」と、赤い花柄のヒモを頂いた。


 ヒモトレとは、ヒモを体に巻くだけで体のバランスが整い、凝りや痛みが解消できる運動方法で、スポーツ界から医療や介護の場まで幅広く活用されているという。日本人は、たすき、はちまきなどで古くから利用してきた。例えば、たすきは和服の袖をからげるだけでなく、たすきがけによって自然に背すじが伸びて動きやすくなる。


 そして彼に教えてもらった通り、ヒモを頭のてっぺんからかけて顎の下で結んでみると、なんと、それだけで不思議と痛みが消えた。私のようなおじさんが赤い花柄のヒモを顔に巻いているのは滑稽でしかないのだが、他のヒモを買いに行く時間もなかった。結局、東京へ向かう新幹線でも、東大でも、そのヒモを巻くことになった。


 そして、その数日後には、ヒモなしでも痛みが消えた。「虫歯が痛いときは抜くしかない」と思い込んでいたが、かみ合わせを直し、ヒモを巻いていたら、激痛から解放された。驚いた。


 私が取り組む伝統的な発酵もそうだが、ヒモトレを実践してみて感じるのは、先人たちは身近なモノを利用してより良く生きる方法を知っていたということだ。合理性がないとか、非科学的だと切り捨てるのではなく、残すべき先人の知恵はまだまだあるように思う。


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